国内の航空法(最低飛行高度300m)も適用されず都心の真ん中を低空飛行 23区唯一の米軍施設が六本木ヒルズから青山方面にぬける麻布トンネルの上にあります。そこに併設されているヘリポートの位置する所はトンネルの工事が終了次第、返還されることで合意されていましたが未だ返還されません。 私は右でも左でもないつもりです。基地の存在を問うている訳でもありません。ただ港区民として小学生の父親として約束は守ってほしい、安全、安心な空を取り戻したい、その思いだけです。(詳細は区議会レポート No.6をご参照ください) ...... 続きを読む »
2010年 6月 のアーカイブ
どこへ行く港区議会議員
国政に翻弄される地方議員 区議会議員の中には早速と言っては何ですが機を見るに敏な行動が。たちあがれ日本に、日本創新党に、そしてみんなの党に......。なぜこれほどまでに国政政党の動きに振り回されるのでしょうか。いくつか理由はあるのでしょう。ひとつは都政、国政へのステップ、もしかしたら区長かも知れません。そして選挙の時に政党をバックにしていた方が有利といった判りやすいこともあります。もう一つは都政、国政とのパイプがなければ政策が実現しにくいと言うものです。でもその理屈に正当性があるとしても地方議会の役割、自治体議員の使命を考えた時、再度その存在そのものを見つめ直している自分がいます。地方自治...... 続きを読む »
パブリシティを開いていただくと
現職時の区議会レポートがご覧いただけます。 レポートを通して私の基本的な姿勢あるいは考え方などを知っていただく一助になれば幸いと思っております。よろしくお願いいたします。 パブリシティはこちら » ...... 続きを読む »
日本民主党結成
昭和29年(1954)日本民主党結成、12月10日第一次鳩山一郎内閣が誕生。 昭和30年(1955)衆議院議院選挙を経て3月19日第二次鳩山一郎内閣がスタート、同年保守合同で自民党結成発足後の再首班指名を受けて第3次鳩山一郎内閣が発足、昭和31年キ旧ソビエトとの国交正常化、国連加盟を果たし同年12月辞職、引退。 約2年間の内閣は合同と分立そしてまた合同の歴史でした。第一次内閣では、鳩山自由党と改進党の合同により日本民主党、第二次内閣ではその日本民主党と少数分立していた保守系政党、さらに左右社会党の再統一などで政局の不安定さを解消するため保守の合同によって現在の自由民主党が発足しました。...... 続きを読む »
