大津市公立中学校に於けるいじめ自殺に思う

教育委員会の変わらない不作為体質

子供を守るより行政と教育委員会そして学校、校長、教員に責任が及ばないことを第一義的に処理しようとする御用集団それが多くの教育委員会です。

あなたの街でどんな人がメンバーに選ばれていますか。
現職時代2度(2人)いじめ問題に関わりましたが、いずれも事実と真実の解明の前に立ちはだかったのは教育委員会であり校長でした。そしてPTAまでもが学校側につき沈黙してしまうのです。

もし自分の子供が被害者だったら、ましてや加害者だったらとは考えないのです。そして「そんな事調べてなんの得があるんだ」と知人(有権者)を介してやんわりと圧力をかけてくる始末。いずれも死に至るまでのいじめではありませんでしたが、1人は学校において双方両親共々会う機会を作りその場で謝罪してもらいました。もう1人は公にしたことでいじめはなくなりましたが、その後被害者の生徒は区内の別の公立に転校してしまいました。
僕としては中途半端な関わり方だったのかといまでも悔やまれます。今は2人とも立派な社会人ですが。

姿の見えない加害者

いじめの問題に関わった時、あるいは報道を聞いた時いつも思うのは加害者側の姿が浮かび上がってこないということです。
今回は傷害の可能性ということで警察が入りましたがまれな例でしょう。加害者も社会的責任を負うこと、その上で更生の道を歩むことの順序を大人がしっかり示さなければなりません。事情聴取を受ける教師がどんな証言をするのでしょうか、知らなかったなどということがあり得るでしょうか。
ある時は聖職者、困った時は私も一人の人間ですと降臨?してくる教師。先生は子供達一人一人の目を一日一回10秒ずつでもいいから見た事があるのでしょうか。学校現場が聖域だ等という幻想は捨てて、我が子を守るのは自分達、親しかいないことを今回の事件を通じてあらためて僕は認識しました。

最後ですが大津市の市長自身、いじめを受けた体験者ということもあるからでしょうか、いままでの行政よりは踏み込んだ対応をしているように思えます。事実と真実が少しでも解明され故人が浮かばれるよう祈るばかりです。